no title(2005)
神様にはもう祈らない。 全てが運命だなんて思わないから、自分で結果を選びとる。 操り人形として嘆くのは、勇気がない証拠でしょう。 覚悟さえ持てれば、自分の足で立って紐なんか切ればいい。 バイバイ。私の創造主さん。 その存在に縋るのは楽なこと。 あなたを嫌うわけじゃない。 だけど、もしあなたに愛があるのなら、私に自由を下さい。 たとえ涙に辿り着いても、自分で選んだものならば、それはきっと幸せだから。 * * * 生きるのが嫌になる時は、世界の一部しか見えなくなっているんだ。 思い通りにならなくて何かを失い、傷ついても、大切な自分は欠けていない。 ただ今までのやり方やプライドが消えて、新しく始めなければならなくなっただけ。 それは楽じゃないけれど、それを越えるのが成長でしょう。 完璧なんてないんだから、明日から逃げなくていい。 そしてどんな経験も価値のあるオプションで、メインは常に‘生きる自分’なんだ。 * * * 学校に行かなくても生きていける。 そう思えるようになるのは簡単じゃない。 学校を中心にして世界を築いてきた自分。 子供が楽しく学校生活を送っていることを疑わない親。 行くのをやめるという決意は重い。 それでも。 壊れるほど無理しなくていい。 傷つく自分を責めなくていい。 生きていけば、違う世界を見つけ、自分を受け入れてくれる人がいることに気づける。 消えない痛みは、優しさに変えていける。 * * * なぜ生きるのか。 なぜ生きなければならないのか。 なぜ生きることを許されるのか。 その答えは、自分一人で、また誰かの存在のおかげで、見つけられるだろう。 けれど、全く変わらない自分も、全く変わらない関係もないから、何度も振り出しに戻された気分になるだろう。 完全な安心なんて手に入らないかもしれない。 それでも。 誰よりも生きることについて深く考えて、壊れそうになりながらも強くなっていけるなら、きっとこの一生は意味がある。 この思いさえ変わらなければいい。 * * * 今日を欺いて。 気づかれないまま傷は増えて。 一年前の今日と同じように寂しさを抱えてる。 −−生まれ変われないなら明日に意味はない? そう私の理想は言うかもしれないけれど。 今日につづく明日を、今は穏やかな気持ちで待つ。 まだ隣にいてくれる人はいる。 何が正しくて、何がほしいかはわからないけれど。 私はまだ頑張れる。 2006年へ。 return |
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