夢味

今目の前にいるその人は、例えるならば
真夏の夜に人混みをかき分けて買ったりんごあめのようで。

ふわふわとした甘い雰囲気の中で、その体は夜店の灯に反射してピカピカと光る。
りんごを覆う透き通った光沢など、まさに彼女そっくりだ。

・・・というより、

今目の前にいるその人は、りんごあめを覆う水あめより、もっともっと透き通っている。

・・・触れることさえできない程に。




「甘いモノ、食べたい」

1年ぶりに再会した俺の恋人は、どうやら俺以外に誰にも見えていないようだった。
だからこそだが、そんなわけのわからない要求を突きつけられると、正直なとこやっかいだと思わざるを得ない。

「びっくりしたでショ。いきなりおりてきて。」
・・・おりてきた、ということはやっぱり。
「神様に少しだけ時間貰ってきたの。まだやりたいこと残ってたから。」

なるほど、映画なんかでよくあるやつだ。
この世に未練のある者が、一時の間だけ地上で過ごせることができる・・・そして最後に天界へ帰っていく。
確かそんな作品があった気がする。

俺はやけに冷静で、勝手に納得はしてみたものの、
これからこの恋人を連れてどうすればいいのかはさすがに思いつかない。

「あたし、死ぬ前にファミレス行こうとしてたの。」

――知ってる。その途中でお前は事故にあって・・・・

「ケイ、あなたとそこで待ち合わせしてたのよね。覚えてる?」

――もちろん。ちょうど18回目のデートだった。

「その日はとーっても暑くて。何か甘くて冷たいもの食べようって決めてた。」
「・・・。」
「で、勿論今日はおごってくれるわよね?」



・・・まったくこのユーレイは。
こんな蒸し暑い日の夜中に、大の男1人でファミレスで何をさせるつもりだ。

その前に、折角こっちにおりてこられて遣り残したことがこれか?これだけか?
大切な人に会いたいとか、伝えたいことがある、とか。
俺が見た映画はもうちょっとしんみり来るやつだったはずだが・・・

「さ、ほらはやく注文注文っ」

そう言いながら机を叩こうとするが、下へと振り下ろされた手は、
スゥッとあっけなく、厚い木の板を通り抜けていく。


「・・・本当に、死んだんだなぁ・・・」


いつのまにか口にしていた言葉に、一瞬自分でドキリとする。
それは、「こいつに対して失礼だった」という軽い反省と、
「周りで聞いていた人がいないか」というちょっとの不安。

もし何かこいつに対して発すれば、傍から見れば1人で何か話してる変な人、・・・そんな感じ。

「今更、なに?思い出して悲しくなった?」
フフッと笑うその口元に、いったいこれからどんな願い事が放り込まれるのだろう。
「・・・。」
「キャー、すごい。何かどっかの豪邸の夕食みたい。
 ってことはあたしはお姫様でケイは召使い?」
ケラケラと笑う彼女に、軽い呆れのつもりで怪訝な顔を向けてみる。
・・・俺は召使いか。王子様の位じゃなかったのか。
ていうか豪邸でこんなデザート1人でかっ食らうお姫様いてたまるか。
・・・というよりまず。

「・・・何だこのとんでもない数。」
「えー、とんでもない?」


よし、真面目に数えてみよう。
まずチョコやら苺やらレアチーズやら、色とりどりのケーキが8種に、
あんみつにぜんざいなどの和風モノ。
それに加えてプリンやワッフルの何か豪華なやつやら、カキ氷の苺にメロンに宇治金時。あ、ちなみに練乳がけ。
きわめつけはどでかいパフェ3種類。
抹茶にチョコにストロベリー。

・・・というより、このファミレスのデザートメニュー全て、と言った方が速かったか。

「これをとんでもなくない、と否定するお前がとんでもない。」

そうかなぁ?と首をかしげてかわいこぶるこいつをよそに、俺は周りを見回した。

もうすでに、注文をとったウェイトレス1人、運んできたウェイトレス2人の合計3人には変な目で見られた。
もう夜中ということもあり、客は1人か2人だ。
といっても他から見れば1人で夜中にこれだけのスイーツをたのんだ、という事実はこのファミレスの従業員に、
俺を「変人」としてインプットさせるには充分すぎる材料だろう。


*******

「・・・はやく食え、アイスとか溶けちまうだろうが。」
・・・それが君のやりたかったことなら。俺はもう充分割り切れていた。

「ふふ、ユーレイだから太らないもんねー」

そう言って最初に手をつけたのは、何ともボリューム満点のチョコレートパフェだった。

実は甘いものがキライな俺は、どうしても目の前のテーブルから目をそらしてしまう。
コーヒーでも頼もうかと考えていた時だった。



「・・・あたし、感じるよ。」


彼女がスプーンを持ったまま言った。


「チョコレートの甘さと、少しだけの苦さも。
 アイスの甘さと、ひんやりくる冷たさも。
 クリームの甘さと、やわらかい触感も。
 ちゃんと、頭の中に入ってくるよ、でも、ね・・・」

はっとして顔をあげる。確かにパフェは彼女が食べた分、減っている・・・
はずだった。


「感じるのにね、見かけは何も減らないの。」


パフェは、まだこのテーブルに運ばれてきたばかりのころそのままだった。
確かに彼女が口に含んだはずなのに。


―あぁ、そうか。

あまりにも変わっていなかったので、一時の間忘れていた。

「・・・お前は、ユーレイだったな・・・」


クスリと笑んで、彼女は言った。

「おっかしいの。私はこのパフェと全く逆。
 見かけは減ったけど、感じることはできないの。
 ・・・ほら、あなたは何も感じていないでしょ?」

俺の手に、君の手が重なっていた。
確かに何も感じない。感じられない。
でも・・・


「変わってなんかないさ。何も減ってなんかいない。
 ・・・肉体はなくしたけど、君は生きてたころと同じ・・・」
―甘くて、透明で。いつか溶けてしまいそうな程綺麗で。
・・・それは案の定、終わり行く夏のように、一緒に溶けてしまった。

ふふ、と彼女は笑った。
「その言葉、神様へのおみやげとして有難くいただきます。
 ・・・じゃあ、このアイスが溶けないうちに還ろっかな。」

彼女はスプーンを手に取り、パフェを一口口にいれた。
・・・もちろん、外見は何も変わっていないが、確かに彼女が食べた。


「じゃあね、ケイ。今日だけ召使いしてくれて有難う。遣り残したこと、ちゃんとできた。」
「俺だって・・・」
そう、言おうとした。その時
「失礼します。アイスコーヒーでございます。」

さっき注文をとったウェイトレスだ。 俺は首をかしげた。

「・・・え?こんなのたのんでませんけど・・・。」

頼もうかどうか迷ってはいたが、結局たのまなかった。

「たのまれましたよ?伝票にも記入がありますが・・・」
ウェイトレスはそこまで言って、プッと噴出した。

「・・・デザートと一緒に。」

それで思い出した。まだ俺の目の前にはとんでもない数の悪夢が残っている。
・・・くそう、この量どうする。
あいつに視線を向けた、その時だった。


「・・・あれ・・・?」


思わずアイスコーヒーの氷がカランと揺れた。
俺の向かいの席には、もう誰も座ってはいなかった。

「・・・。」
誰が、このコーヒーを頼んだんだろう。

想像はつくが、あえて口には出さない。
スプーンを手に取り、チョコレートパフェをすくう。
口の中に広がった甘さは、まるで夢のように一瞬にして溶け、しかし後味はほろ苦く尾を引いた。



「やっぱ俺、甘いものはムリだなあ・・・かれん。」

頬を伝った冷たい何か。
俺はアイスコーヒーを飲むふりをして、顔を伏せてそれをぬぐった。


・・・かれんが見ているような気がしたから。
りんごあめのように真っ赤な頬を、めいいっぱい膨らませて、笑っているような気がしたから。


・・・さて。

「これ全部、どうしよっかなぁ。」



来年の夏、またおいで。
祭りもあるし、海にも行くさ。
そこでまた、違う人に、違う心になってやってきても。


夢の中で、君にあげるよ。



甘い甘い夢を。




END



+    +    +    +    +    +    +    +    +    +    +    +

創作小説中心サイト「line」の管理人・Lionさんにキリ番で小説をプレゼントしてもらいました。
リクエストは「甘いものが出てくる話」。
これを読んですぐにファミレスに行ってチョコレートパフェを食べちゃいました…。


BACK
55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット