ドリーム・アース〜緑の惑星〜



 太陽が地平線から昇ってきたら、今日が始まる。
「マルト! ミーネル! 朝だから起きて!」
「うーん……眠い……」
「もう少し……」
 精一杯の声を張り上げたレーリに、まだベッドの中にいる二人が眠そうな声で答えた。
「何言ってるの! もう七時よ。朝ご飯なくなっちゃうわよ!」
「はぁい」
 二人がやっとごそごそと布団から出てきた。
「レーリ、おはよ」
「あ、タトー、おはよ」
 いつのまにか後ろに来て部屋を覗いていたタトーにレーリはあいさつを返した。
 着ているのはシャツにズボン。髪はきちんととかしてあり、顔ももちろん洗ってある。
 タトーは四人の中で一番起きるのが早い。
「あいかわらず二人に早起きは無理みたいだね。レーリも苦労するね」
「そうなの。タトーを見習って早起きしてくれればいいんだけど」
 まだぼんやりとした顔をしている二人を見ながらレーリは小さなため息をついた。
「ごくろうさま。父さんと母さんが待ってるから先に行こう」
「そうね」
 レーリは二人に急ぐのよ、と声をかけてタトーと一緒に階下へ向かった。
「おはよう、レーリ、タトー。他の二人は起きたかい?」
 キッチンに入るとコーヒーを飲んでいたウォルトが声をかけてきた。
「うん、一応。もう少しで来ると思うわ」
「いつもありがとね、レーリ。今日の朝ご飯はトーストとスクランブルエッグとサラダとあなたの好きなコンソメスープよ」
「ありがとう、お母さん」
 レーリはリラに笑顔で言った。
 二人が先に着いて少したつと、パタパタとドタドタ、二つの階段を駆け下りる足音が聞こえてきた。
「まったく、少しは静かに出来ないのかしら」
 リラがそう言ったのと同時に「「おはよう!」」と二つの声がキッチンに飛び込んできた。
「あー、すっげー腹減ったー! 今日のご飯はトーストと、俺の好きなスクランブルエッグ!」
 マルトがぴょんと席に座りながら言った。
「マルト、もう少し静かにここまで来れないの?」
「だって、すっげー腹減ってて我慢出来ないんだもん!」
「ならもっと早く起きればいいのに」
 レーリがあきれた声で言った。
「何だよ、文句あんのかっ?」
 マルトが少しいらだった目でレーリを見た。でも、レーリもここでひくような少女ではない。
「だから! あんたとミーネルがもうちょっと早く起きれば、あたし達ももうちょっと早くご飯が食べれるの。そこのところわかってる?」
「……悪かったわね。別にあたしは早くご飯が食べたいわけじゃないから」
 いきなり話に出されたミーネルが不服そうに言った。
「だから、マルトのバカと一緒にしないで」
「………」
 一同沈黙。この十歳の金髪美少女は顔に似合わず毒舌なのだ。
「っ、なんだよっ! このおすまし女っ!」
 マルトが沈黙を破って声を張り上げた。
「ちょっとやめなさい! ご飯は楽しく食べるっ!」
 ミーネルが応戦しようとするのにストップをかけてリラが言った。
「……ちっ」
 マルトの舌打ちを最後に、和やかなだんらんが始まった。

 この惑星には、六人しか住んでいない。 
 いつから自分たちはここにいるのか、四人の子供達はよく知らない。ただ、物心をついたらここにいて六人で暮らしていた。知っていることといえば、自分たちはキョウダイというものじゃなく、リラとウォルトもママとパパじゃないことくらいだ。
 そしてもう一つ。自分たちの本物のキョウダイや家族は、チキュウという星にいるらしい。

 でも、ウォルトとリラは真実を知っていた。地球は滅びてしまったのだと。
 十五年前、ある計画を行うために自分たちは科学者としてこの星に来た。その計画とは、宇宙で出産をし、その子供を宇宙で育て、きちんと育つかを調べるものだった。それまで宇宙で暮らすのは、訓練を重ねた宇宙飛行士、つまり大人だけだったが、赤ん坊のうちから宇宙で育った子供のほうが宇宙に適応しやすいのではないかを調べる事になったのだ。
 舞台は、人類が移住するために環境を整えた火星。四組の夫婦がそこで次々に出産し、四人の赤ん坊が生まれた。実験はこのまま順調に進むと思われた。が、十年前、ある日チキュウからの通信が途絶えた。望遠鏡を覗いたウォルトとリラは驚いた。チキュウが黒と赤で染まっていたのだ。
 その頃、国際関係が悪化しているとウォルト達は少し耳にしていた。そのため、ちょうど四人の子供の両親も他の宇宙飛行士たちも、様子を見るためにチキュウに戻っていた。リラとウォルトは思った。地球は戦争で滅びてしまったのだと。そして、自分達二人と四人の子供達だけが生き残ったのだと。
 それから二人は四人の子供達の世話をしながら今まで生きてきた。子供達には真実を告げずに。

「はい、じゃあ今日は歴史のお勉強をするわよ」
 明るく言ったリラに、マルトがえーっ? と不満の声を漏らした。
「マルト、何か文句ある?」
「えー、だって別に俺ら、チキュウの歴史なんて勉強する必要ないじゃん」
 マルトが食い下がった。
「ええと……今は必要じゃなくても大きくなったら必要になるわよ」
 リラは少し焦って言った。
 リラは毎日四人に勉強を教えている。
 子供達をどう育てるべきかは難しい問題だった。算数や理科はこの星で生きていくのに必要なため教える事にしたが、チキュウの歴史などは教えても無意味ではないかと思ったのだ。さんざん話し合った結果、算数と理科を重視し、他の勉強も一通り教える事にした。
 でも、その必要があるかはいまだにわからない。
「あたしは歴史の勉強好きよ」
「何で? ミーネル」
「だって、なんかはらはらドキドキするお話読んでるみたいだもの。英雄とか王様とかお姫様とかが出てくるのが好き!」
 ミーネルがにっこりと笑っていった。
「そう。レーリとタトーは?」
「あたしは別に好きでも嫌いでもないわよ。でも算数とか問題を解くほうが好きだけど」
「僕はすごく興味深くて好きだよ。政治とか、ちゃんと仕組みが出来ててすごいな―って思う」
「そう、良かったわ」
 リラはホッとして言った。この子達が嫌いじゃないと言ってくれているうちは教える意味がある。
「はい、じゃあ今日は第二次世界大戦のお勉強よ」
「えー? またセンソウの勉強?」
 今度はレーリが不満そうに言った。
「レーリは戦争が嫌い?」
「うん、すごく嫌いだわ。だって人がたくさん死んじゃうし、町とかは破壊されちゃうし、最悪だわ」
「そうね。でも、二度と戦争を起こさないためには昔の戦争について学ばなくてはならないのよ」
「ふーん」
 レーリが納得しかねる表情をしていった。
 この子達は本当にいい子だわ、とリラは思った。
(皆がこの子達みたいな考えをもてたら、きっと地球は素晴らしい星になったでしょうに……)
 運命は本当に皮肉だ。

「あれ? ミーネルとマルト、何描いてるの?」
 レーリは机にくっついて絵を描いている二人に尋ねた。
「チキュウよ」
「チキュウ?」
「そう。マルトと二人でチキュウがどんなところか想像して絵に描いてるの」
 ミーネルが色鉛筆で色を塗りながら答えた。
(チキュウ、ねぇ)
 一度も行ったことのない星。とても大きな海があって、森があるのだと、リラが小さい頃教えてくれた。
 すっごく行ってみたくて、リラにそう言ったらとても悲しそうな顔をされたから二度と言わなかったけれど、レーリはいつか行ってみたいと思っている。
(それに、お母さんとお父さんにも会ってみたいし)
 物心ついたときから六人で暮らしていたから会えなくて悲しいとか思うことはなかったが、興味はあった。
「ミーネルはどういうところだと思ってるの?」
「そうね、綺麗なものがいっぱいあるところだと思うわ」
「たとえば?」
「いろいろな色のお花とか、素敵なお家とか」
「なるほどね。マルトは?」
「俺はすっごーく広いところだと思う。なんか高い山とかがあるらしいから登ってみたいなあ」
 マルトは目を輝かせていった。
 マルトは高いところがすきだ。時々家の屋根に登って昼寝したりして、リラをはらはらさせている。
「あれ? みんな何やってんの?」
 本を抱えたタトーがやってきて尋ねた。
「今みんなでチキュウの話をしてたのよ」
 レーリが答えた。
「そっか。みんなも地球に行ってみたいんだ?」
「もちろんよ。タトーも?」
「うん。すごく行ってみたい。今父さんの本を借りて読んでたんだけど、地球にはいろいろ面白いものがあるんだ」
 タトーが珍しく熱っぽい口調で言った。
「どんなもの?」
 三人はタトーに興味しんしんで尋ねた。
「今読んでたのはニホンって国の文化についてなんだけど、木に願い事をすると叶うんだって」
「木に願い事?」
「そう。ゴシンボクっていう木は神様が宿ってる特別な木なんだって。それに願い事をすると叶うらしいよ」
「へえ、おもしろいね。どんな木なの?」
「太い立派な木としか本に書いてなかった」
「ふーん」
 マルトが少し考え深げな表情をした。
「どうしたの?マルト」
「うーん。俺達も木に願い事できないかなあと思ってさ」
「何を願うの?」
「もっちろん、チキュウに行けますように」
「なるほどね。あたしも願いたいわ」
 ミーネルが言った。
「あたしも願いたいけど……」
 レーリが歯切れの悪い口調で言った。
「あたし達、本物の木を見たことなんてないじゃない」
「そうなんだよなあ……」
 マルトが落ち込んで言った。
 六人は木を見たことがない。
 野菜などは食べ物としてウォルトが栽培しているが、他の植物――例えば花など――はほとんどない。
「ひとつだけ、木のある場所があるよ」
「え? どこ?」
「前に父さんが言ってたんだけど、この星のどこかに木がたくさんある場所があるらしいよ」
「へー、初耳だなぁ」
「僕らが生まれるずっと前に、この星に木を植えた人がいたんだって」
「よし、じゃあそこに行こうぜ!」
「でも……お父さんとお母さん、きっとダメって言うと思うわ」
 レーリが言った。
「この家からあまり離れたらダメだっていつも言ってるじゃない。目印になるものがないから迷子になるって。だからあたし達、遠くに行ったなんてほとんどないじゃない」
 そう、四人が遠くまで出掛けたのは一度しかない。
 八歳の時にウォルトに一度この星を少し案内してもらっただけだ。
「大丈夫、大丈夫。レーリだって行きたいだろ? 木のところに。そーっと抜け出して戻ってくれば父さんたちにはばれない、ばれない」
 マルトがのんきに言った。
「タトー、本当に行く気?」
 レーリはタトーに心配そうに聞いた。この中で一番冷静なのはタトーだ。
「行くよ」
 タトーはきっぱりと答えた。
「僕はもう嫌なんだ、いつまでもこの小さな家の中でのんきに暮らしてるのは。僕はもっと広い世界に出てみたい。チキュウにも行ってみたい。いつまでもこの家の中で夢みてるだけじゃダメなんだ。だけど、きっと父さんと母さんはそれはダメって言う。この十年間、チキュウの事も僕たちがここにいる理由も何にも教えてくれなかった。それなら、自分たちの夢は自分たちの手で叶えようよ」
 タトーは真剣な目で言った。
「そうだよな。俺らもう十歳だし。自分で自分のしたいこと、すればいいんだよな」
「あたし、チキュウに行きたい。あたしたちのこと、知りたい。だから、ゴシンボク探しに行くわ」
 マルトとミーネルが力強い声で言った。
「レーリは?」
「あたしは……」
 レーリは困った。
(チキュウに行きたい。みんなと願いをかなえてくれる木を探しに行きたい。でも)
 不安でたまらなかった。こうする事は自分たちにとっていい事なんだろうか。ただ、ウォルトとリラを悲しませはしないだろうか。
 レーリは戸惑った。普段、お姉さん役をしているレーリだが、まだたったの十一歳なのだ。
 新しい世界に踏み出すのは不安だった。
「あたしは……行く」
「よっしゃあ! これで全員参加っと」
「じゃあ計画を立てようか」
 タトーの言葉に他の三人は満面の笑顔で頷いた。

 次の日の朝。
「ねえウォルト、今日は何か静かじゃない?」
 リラがいつものように朝食の用意をしながらシーンと静まり返った二階を見上げて言った。
「ん? そうだな、マルトとミーネルはともかく、他の二人も起きてこないとは変だな……」
 イスに座って本を読んでいたウォルトが顔を上げて少し訝しげな顔をした。チキュウにいた頃、毎日、新聞を読んでいた習慣が抜けきれず、今でも朝何かを読んでいないとなんとなく落ち着かないのだ。
「ちょっと見て来るか……」
 よいしょ、とイスから腰を挙げ、ウォルトは階段を上って子供達のところへ向った。
 そして。
「おいっっ!! 大変だ! 子供達がいなくなった!」
 二階から聞こえてきた大声にリラは驚き、次の瞬間、何ですってっ!? と同じくらい大きな声で叫んだ。
「これを見てくれ」
 バタバタとやって来たリラに、ウォルトは一枚の紙を見せた。
『お父さん、お母さんへ
 僕たちはもう、この家に閉じこもっているのが嫌になりました。僕たちは、もっと広い世界に出たいです。チキュウにも行ってみたいです。四人でゴシンボクを探しに行きます。すぐ戻るので心配しないで下さい。
 大好きです。心から愛してます。   タトー・レーリ・ミーネル・マルト』
「ちょ、ちょっとこれって……」
「ああ。家出ってわけじゃないだろうけれど、それに近いかもしれないな」
 血相を変えたリラに、ウォルトは何か考えながら言った。
「そろそろ、子供達に本当のことを話すべきかも知れない。いつまでも黙っているわけにはいかないだろう」
「で、でも、あの子達は、まだほんの十歳……」
「ああ、確かにそうだ。けれど、君と私が十年間大切に育ててきた子供達だ。あの子達がとても頭が良いということくらい、君ならとっくに気づいているんだろう?」
「………」
 そう、あの子供達はとても頭が良い。なぜなら、物心ついてからずっと優秀な科学者であるリラとウォルトによって育てられてきたからだ。そして、子供達の両親も皆、優秀な科学者だった。もしかしたら、それを受け継いでいる部分もあるのかもしれない。
「あの子達、大丈夫かしら……。ゴシンボクなんて、木なんて、一体どこにあるって言うの……?」
「落ち着こう。きっと大丈夫だ。何も考えずに動くような子達じゃないだろう? きっと、ひとまわりもふたまわりも成長して帰ってくるさ。そうしたら、すべてを打ち明けよう」
 ウォルトはそう言うと、リラの肩を強く抱きしめた。

 その頃。
「はぁ、はぁ、まだ着かないの?」
 ミーネルが早い呼吸を繰り返しながら言った。
「何だよ、おまえもうばててんのかっ?」
 バカにしたように言ったマルトもミーネルほどではないが疲れている。他の二人も同様だ。今まで家から離れたことがほとんどなかったため、四人はこんなにたくさん歩くのが初めてなのだ。
 朝の四時に家を出てからもう三時間。四人はほとんど休まずに茶色い土の上を歩き続けていた。
「大丈夫? 二人とも」
 四人の中で一番疲れを見せていないタトーが二人を気遣って尋ねた。
「なんとかね。それより、あとどれくらいで木のあるところに着けるの?」
「多分……五時間くらいかな」
「「五時間っっ!?」」
「うん。ほら、あそこに旗が立ってるだろ?」
 タトーは十メートルほど先にぽつんと立っている旗を指差した。
「たしか昔、父さんが言ってたんだ。初めてこの星を全部回った人が、目印として二百メートルおきに立てたんだって。で、それとこの地図を照らし合わせてみると……」
 そう言ってタトーは、ウォルトの部屋から見つけ出して持ってきた地図を指した。
「この地図の縮尺は五千分の一。で、ここが僕らの家。で、今いる場所がここら辺のはずだから……」
「ね?」とタトーは植物栽培実験場、と書かれたところまでを指でなぞった。
「うっわー、こんな遠いとは思わなかったぁ」
「ごめん。僕もあんまり距離感がなくて。でも、せっかくここまで来たんだから頑張ろう」
「もちろん。絶対ゴシンボク見つけてやるぜっ!!」
 マルトが意気揚々と言った。
「……お母さん達、そろそろあたし達がいないことに気づいたわよね……」
 レーリが心配そうに言った。
「なんだよ、レーリ心配なのかっ?」
「もちろんよ。だって行くのに八時間かかるんだから帰ったらもう夜でしょ? 帰りの方が疲れて歩くの遅くなると思うし……」
(お母さん、今ごろきっとパニックになってる)
リラは凄い心配性なのだ。
「大丈夫だって。だってタトーが手紙置いてきたじゃん。俺は内緒で行って帰ってきたいって言ったのにさ」
「でも、結果的には良かっただろ?」
「まーそうだけどさー」
 マルトは少し不機嫌になって言った。
 自分と一つしか違わないくせに妙に気が回るタトーが、マルトは嫌いではなかったが少し気に食わなかった。
(結局俺なんてガキだしっ。タトーみたいに冷静になれないしっ)
 この星にいる唯一歳の近い同性として、マルトはタトーには負けたくない、と心から思っていた。
 レーリはといえば、まだ心のもやもやが晴れないでいた。なぜなら、もう一つの気がかりがその手紙だったからだ。
(あの手紙を読んで、お母さん達、嫌な気分にならないかしら。たしかにあれが私たちの……十年間この星で、あの家の中で暮らしてきた私達の……本心。でも、人には言っていいことと悪いことがある)
 自分はあの家に一体どんな顔をして帰ればいいのかレーリは心配だった。

 そして。
「ね、あそこにいくつか建物があるわよ」
 双眼鏡を覗いていたレーリが言った。
「何だろう?」
「とにかく行ってみよう」
 着いたのは少しボロボロになったコンクリートの建物。もちろん人の気配はない。
「何だろう、これ。地図には載ってないよ」
「少し古くなってる感じがするわ。家、じゃないのかしら」
 ミーネルが首を傾げて言った。
「でも、父さんと母さんはこの星に住んでるのは俺たちだけだって言ってたぜ?」
「そうなんだ。……どうだろう、中に入ってみないか?」
 タトーが少し考えてから言った。
「ええっ? 人の家に勝手に入っちゃだめでしょう?」
「確かにそうだけどね。でも、みんな疲れてるだろう?休憩場所の確保ってことで」
 それに、と少し間を置いてからタトーは、僕もなんか興味あるしね、と口の端を少し持ち上げていった。
「でも……どうやって入るの?」
 ミーネルが少し心配そうに言った。
「とりあえず、ドアとか窓とか調べてみて」
 四人は家のドアや窓の鍵をチェックした。
「だめ。やっぱり全部鍵がかかってる」
「そういうときのために」
 と、タトーはポケットからヘアピンを取り出した。
「なあに、これ」
「これはね、チキュウですごい昔に使われた鍵の開け方。これを鍵に差し込んで動かすと……」
 数十秒後。ガチャっという音と共にドアが開いた。
「ほらね」
「わあ、すごーい!! こんなもので鍵が開くなんて!!」
「前に本で読んだんだ」
「ていうか、タトー。お前、実はいい子じゃないだろ。今の手つき慣れた感じだったぜ、絶対!」
 ははは、とタトーは笑うと、父さんと母さんには内緒だよ、と言った。
 ドアを開けて四人はおそるおそる中に入った。
「やっぱり家みたい。ほら、ここに絵が掛けてある」
 レーリが入ってすぐの壁に掛けられた絵を指差して言った。
「わぁ、きれい!」
 ミーネルが歓声を上げた。
 それは森の絵だった。光を浴びて青々と茂る木々。飛ぶ小鳥。青い空。白い雲。
 こんな当たり前なものが、四人にとっては新鮮なのだ。
「これはきっとチキュウの絵だね」
「いいなぁ、こんな木に登れたら最高だなー!」
 四人はしばしその絵に見とれた。
「もっと奥に行ってみよう」
 タトーを先頭に四人はまた奥へと進んだ。
「あ、ここリビングじゃない?」
 ソファーと机が置かれた部屋。そして、
「これ、何かしら……?」
 ミーネルがあるものを指差した。
「……ああ。それはテレビって言うんだ」
「テレビ?」
「そう。いろいろなものが映像で見れる機械。地球の家のほとんどが持ってたらしいよ。この星でも昔は見れたらしいけど」
 タトーが不思議そうな三人に言った。
「ふーん」
「あ、これ見ろよ!!」
 マルトが何かを手にとって大きな声を上げた。
「なあに? 写真?」
 それは幸せそうな夫婦と赤ん坊の写真だった。バックの様子からこの星で撮ったらしいということがわかった。
「そうなんだけどさ。裏見てみろよ!」
「裏……?」
 ひっくり返した三人は驚いた。
『20xx年・6月11日・愛する娘レーリと』
「ちょ、ちょっとこれって・・・」
「レーリの、お母さんとお父さんってことみたいだね」
 レーリは何も言えずにただその写真をじっと見た。
(これがあたしの本当のお父さんとお母さん……?)
 どんな人だろうとずっと想像していた。自分に少し似た感じの茶色いくるくるとした髪のお母さん。金髪の、目元がとても優しそうなお父さん。
「昔、レーリがまだ生まれてすぐの頃、ここに三人で住んでたんじゃないかな……」
 タトーが思慮深げに言った。
「じゃあ、この周りにある他の家は?」
「もしかしたら、僕たちの住んでた家かもしれない」
 そう、事実そうだった。
 それらの家に、昔四家族は住んでいた。四人の親が二度と戻れなくなるとも知らずにチキュウに出掛けるまで。
 あの後、ウォルトとリラはここをそのままにしたまま、四人にこの場所の存在を告げずに四人と別の場所で暮らし続けていた。いつか、真実を話すべき時が来るまで、この場所には連れてくるまいと。
 その封印された場所に、四人は足を踏み入れていた。
 行動を起こしたのはミーネルだった。
 タトーの手を掴むとぐいぐいと家の外まで走り出した。
「どうしたんだ、ミーネル」
「開けて」
 ミーネルは強い目をしてタトーに言った。
「他の家の鍵も、全部」
「え?」
「あたしの家も見つけたい」
 お願い、とミーネルは必死な顔で言った。。
 そして五分後。ミーネルはタト―と共に戻ってきた。
「あたしの家、あったわ」
 ミーネルが少し泣きそうな顔で言った。
「お父さんとお母さんとあたしが写った写真もあった……」
「………」
 三人は無言でミーネルの次の言葉を待った。
「あたし……チキュウに行きたい。本当のお父さんとお母さんに会いたい……!」
「……行こう。いつか四人で。木にお願いしよう。チキュウに行けますようにって」
「うん……」
 ミーネルは泣き笑いのような顔で頷いた。

 家を出発して四人はまた目的地――木のある場所へと歩を進めていた。
「ね、あたし達が向かってるのって植物栽培実験場ってとこなんでしょ?」
「うん、そうだよ」
「そこってどういうとこなの?」
「僕にも良くわからない。昔、実験のために木を植えたらしいってことぐらいしか」
「そう。本物の木が見れるなんてすごく楽しみだわ」
 レーリが笑顔で言った。
(もうここまで来ちゃったんだから、悩んでてもしょうがないし)
 さっきの写真を見てふっきれたのだ。チキュウに行きたいと、すべてを知りたいと心から思うようになった。
「どうしたの、ミーネル」
「なんかつまんなくて。だってずっと赤茶色の地面歩いてるだけだし」
「そうね……。じゃあ、歌でも歌わない?」
「歌? いいわね。何を歌うの?」
「あたし、すっごく好きな歌があるの。聞いてくれる?」
 レーリが澄んだ声で歌いだした。
 ――草原に寝転んで 青い空を見上げると
   なんでだろう? 心休まるのは
   早い速さで過ぎていく時が 
   なんでだろう?
   その瞬間だけゆっくりと感じられるのは
   そう
   それはきっとこの自然から私たちは生まれたから
   自然に包まれている瞬間が 
   私たちにとって何よりも幸せであるから

   ねえ
   今日に何も残せないまま 
   どうやって私たちは明日を生きればいいんだろう?
   教えてblue sky ここにいることの意味を
   教えてgreen forest どこへ向えばいいのかを
   dream earth この星に生まれてきた私たちを
   shining sun いつまでも照らし続けて
「いい歌ね」
 ミーネルがうっとりと言った。
「僕も好きだな」
「俺もっ!」
「ありがとう。この歌、前にお母さんから教わったの。何かこの歌詞が好きで。変よね、チキュウに行ったことなんかないのに懐かしい気持ちになっちゃう」
「そうだね。でも僕たちの本当の故郷はきっとあっちだから」
 人間だからね、とタトーは言った。

「あとどれくらいで着くの?」
 また少し歩いて、レーリはタトーに尋ねた。
「えーと、二時間くらいかな」
「へー、俺らけっこう頑張って歩いてるじゃん!」
「そうだね。そうだ、お腹すかないか? 家を出る前に食べたきりだろ」
「あ、言われたら何か腹減った感じしてきた!」
「そうね、食べましょう」
 言って、あら? とレーリは後ろを振り向いた。
「ちょ、ちょっとミーネル?! どうしたの!」
 さっきまで元気だったはずのミーネルがいつも以上に白い顔をして倒れていた。
「………」
「どうしたんだよっ?」
「大丈夫?!」
 マルトとタトーも血相を変えてやって来た。
「頭が……くらくらする……」
 か細い声でミーネルが途切れ途切れに言った。
「どうしよう……」
「多分、歩きすぎて疲れたんだと思う。おい、マルト!」
「え、な、何?」
 おろおろしていたマルトが驚いてタトーの方を向いた。
「今、ミーネルが大変なんだ。僕たちがあわててどうする。ミーネルを助けられるのは僕たちだけなんだぞ!」
「え? あ、ああ!」
 マルトは目が覚めたかのように、急いで背負っていたかばんから水を取り出した。
(そうだ、ミーネルが苦しんでる。俺たちしかいないんだ、助けられるのは!)
 ダッと走るとマルトはミーネルのところまで水を持っていった。
「う……ん……」
 ミーネルはあいかわらず苦しそうだ。
「おい、水だぞ! 飲めよ!」
 口元に水を持っていくが飲む力もないらしい。
「……っ!!」
 マルトは水を少し口に含むとミーネルに口移しをした。
「……っ……」
 こくっと喉が鳴り、ミーネルは何とか水を飲んだ。
「……よかったぁ」
 マルトは少し安堵してぺたんと地面に座り込んだ。
「少しここで休憩しよう。ミーネルの様子を見ながら」
「そうね」
 そして四人は二度目の休憩に入った。

 小さい頃から綺麗なものが好きだった。花とか木とか、どういうものか知らなかったけど、きっと綺麗なんだろうと思ってた。
(うわぁ)
 一面緑色な世界の中にミーネルは立っていた。
(うわぁ)
 なんて素敵なんだろう。綺麗なんだろう。色鉛筆の緑色とは違う生きてるものの輝き。
(本当にきれい)
 生まれたところには赤茶色の地面しかなくて、緑に囲まれて生きることが出来たら素敵だな、とずっと思ってた。
 こんな風に。
 走る。どこまでも、緑の中を。
 どこまでも、どこまでも。
(あっ!)
 つまずいたら、緑の地面が受け止めてくれた。痛くない。
(ああ)
 なんて幸せなんだろう……。

「ん……?」
「あ、ミーネルが気がついたっ!」
 目を覚ましたミーネルはあれ?と不思議そうに周りを見つめた。
「あたし一体……」
「歩いてていきなり倒れたんだ。もう大丈夫?」
「うん……」
 体がちょっと疲れている感じがするけれど、大丈夫だとミーネルは思った。
「ごめんなさい、心配掛けて」
「大丈夫よ。ミーネルが元気になってくれて良かったわ」
「本当にね。それに、一番心配してたのはマルトだよ。ミーネルの看病してたのもね」
「え・・・」
 ミーネルはそっぽを向いて少し赤くなっているマルトを見た。
(こんな時、一番頼りになるのはタトーだと思ってたんだけど……)
 うれしかった。マルトが心配してくれたのだと知って。いつの間にか頼れる存在になっていたのだとわかって。
「ありがとう」
 ミーネルは心からマルトに言った。
「別にっ! 当たり前のことしただけだよっ」
 くすくす、とレーリが笑った。
「僕たち今ご飯食べてたんだけどミーネルも食べる?」
「ええ、もらうわ」
 そして食事の間。
「あたしさっき夢を見たの」
 パンを食べながらミーネルが三人に話した。
「どこまでも続く緑の中をあたしが走ってる夢。本当に綺麗な緑だったわ。さっきの歌に出てくる草原ってものかもしれない。あたし本当に幸せだった。もうすぐ見れる木もきっと同じくらい素敵なんだと思うわ」
 輝く緑色がもう少しで見れる。現実に。
 四人は心臓が高鳴っていた。
「それより、ミーネルが大丈夫ならそろそろ出発しようか」
「ミーネル、歩ける?」
「多分……」
「無理はしない方がいいよ。帰りも歩かなくちゃいけないんだから」
「だめなら、俺がおぶってもいいけどっ」
「マルトも無理はしない方がいいよ。気持ちはわかるけど」
「なんだよっっ!」
 笑いながら言ったタトーをマルトはにらんだ。
「ありがとう。でも大丈夫だから。気持ちだけもらうわ」
「………」
 ミーネルにとびっきりの笑顔で言われてマルトはまた顔を赤くした。

 そして二時間ほど歩いて。とうとう、運命の瞬間がやって来た。
「ねえ、あれ!」
 最初に叫んだのはレーリだった。
「あの、ずーっと向こうに緑が見える!」
「え? あっ、本当だ!」
「わあ!」
「やっと、到着だね」
 四人は一斉に地平線の向こうにかすかに見える緑色目指して走り出した。
「わぁ、これが木?!」
「すごく高くて大きい! それに素敵!」
 青々と茂る高い木々を前に、レーリとミーネルは歓声を上げた。
「すっげーでっけー! なぁ、登っていいかっ?」
「ダメだよ。昔の人が実験のために植えたんだから」
「ちぇっ。でも、ホントすげーなぁ」
 四人は初めて見る木の美しさに圧倒され、しばし見とれた。
「あら、これ何かしら?」
 ミーネルが高い木々の隣にちょこんと植わっている低い四本の木を指差して言った。
「何このひょろひょろしてよわっちそうな木」
「見て、この木の隣に立ってる看板」
 タトーがボロボロになった木の看板にかかれた字を読んだ。
「『愛する子供達、レーリ、タト―、マルト、ミーネルの誕生を記念して』だって」
「これ、お母さんとお父さんがあたし達が生まれた時に植えたんだわ」
「じゃ、これ俺らと同い年ってことかっ?」
「そうだね。この木も十年間生きてきたんだ。すごいね。この自然の中で生き抜いてきたなんて」
 四人はあらたまって低い小さな木を見つめた。
 ひょろひょろとした木が、四人にとって特別なものになった瞬間だった。
 そしてしばらくして、
「あ! 俺らまだ願い事してねーじゃん」
「そうだったわ。あまり木が素敵で忘れてたわ」
「でも、どの木にするの?」
「困ったわね。どれもすごく素敵だけど」
「ね。僕らの木にしないか。十年間生きてきたこの木に」
「おう、いいぜ」
「いいわね」
「賛成」
 タトーの提案に三人は笑顔で頷いた。
 四人はそれぞれの願いを、別々の場所で生きてきた自分達の分身に託した。
(どうかいつかチキュウに行けますように。本当の、この木を植えてくれたお父さんとお母さんに会えますように――)
「よし、目的どおり木にお願いもしたし、そろそろ帰ろうか」
「そうだなっ」
「……いつか、この星全部木でいっぱいになればいいのに」
「いいわね、家の窓から木が見えたら。なんか、優しい気持ちになれる気がするわ」
「僕達がすればいいんだよ、この星を木がたくさんある星に」
 命を育む、緑の星に――。
「そうね」
 きっとそれは、とても素敵だろう。

「ねぇ、ウォルト。もう夜よ。あの子達大丈夫かしら……」
 リラが壁の時計を見上げて言った。
「心配しなくてもきっと大丈夫だ。お腹をすかせて帰ってくるだろうから、食事を準備して待っていよう」
「でも……」
「もし、あまりにも帰ってくるのが遅いようなら私が探しに行くよ」
「……ありがとう」

「お父さん、お母さんただいま!」
 元気な声と共に四人が家に帰ってきた。
「あたし達、初めて、木、見たの! すっごく素敵だったわ、考えてた以上に」
「本当、感動したぜ!」
「お父さん、お母さん、ごめんなさい、黙って家を出たりして。でもあたし達、後悔はしてないから」
「ああ、わかってるよ。父さんと母さんも話さなきゃいけないことがあるんだ。聞いてくれるかい?」
「もちろん。何?」
「実は……」
 その時。
 ピー ピー ピー ピー ピー ピー
「何これ、何の音?」
「さあ、私にもわからな……リラ!! リラ!!」
「ウォ、ウォルト、あの音は!」
 二人は顔を見合わせると、書斎に駆け込んだ。
 そこにあったのは赤いランプが点滅している、地球との通信機。
 ウォルトはおそるおそる交信するためのスイッチを入れた。
『――こちら、地球。応答せよ』
「こ、こちらウォルト・スミス。どうぞ」
『ウォルトか!私だ、ウィリアムだ』
「ウィリアム!? おまえ、生きてたのか!」
 懐かしい名前を聞き、ウォルトは驚いた。自分がスペースシャトルで飛び立つ時見送ってくれた、NASAで働く友人だった。
『ああ。ずっと交信が途絶えていて、心配掛けたな。そちらはどうだ?』
「私もリラも子供達も元気だ。それより、一体何が起こったんだ?」
 通信機の向こうがしばし沈黙した。
『……もう気づいているだろうが、地球はほぼ壊滅した。核戦争で』
「やっぱりそうか……」
『ああ。世界の国々の関係があの頃ぎくしゃくしていたのはおまえも知っているだろう? あの日……私はNASAではなく近くの研究所に出掛けていたんだ。そうしたら、いきなり核戦争が始まった。はじめ、何が起こったのか私にもわからなかった。本当に突然のことだった』
「………」
『一度始まると、なかなか終わらなかった。報復が報復を呼んで。ほとんどの建物が破壊された。本当にたくさんの人々が死んだ。私は、研究所の建物が放射線を通さないつくりになっていたのと丈夫だったことが幸いして生き残った』
「………」
『バカな奴らを何とか説得して戦争を止めさせたときには地球はもうボロボロだったけれど、私のように生き残った者たちもいた』
「………」
『その中には私のように科学者も何人かいた。彼らと協力して、そっちと交信できるまでにしたんだ』
「……そうか、そんなことが……」
 予想通りのことだったとはいえ、ウォルトは大きなショックを受けた。
『絶望するのはまだ早い。いい知らせがある。子供達の両親はみんな無事だ』
「何だって!!」
『みんな無事だ。奇跡的に』
 ウォルトは、廊下から何が起こったのだろうとこっちをのぞいている子供達を見やった。
 こんなことがあるのだろうか。
 子供達の願いが奇跡を呼んだのだろうか?
「連絡、感謝する。また後でこちらから連絡する」
 ウォルトは交信をきり、不思議そうな子供達のもとへ行き、言った。
「おまえたちの願いが届いたよ」


 そして八年後。
「タトー、ここが計画の場所?」
「ああ、そうだよ。ここからすべてが始まるんだ」
 壊滅状態の地球に、四人は放射線をさえぎるスーツを着て立っていた。
 地球復興計画――ボロボロになった地球を、もう一度緑豊かな星にするために、四人は科学者として地球にやって来たのだ。
 生き残った人々は、今火星に移住している。もう一度、地球に戻れることを夢みて。
「でも、本当にひどいわ。瓦礫の山しかないもの」
 ミーネルが周りを見回してため息をついて言った。
「たしかにそーだな。でもさ、火星の次はこの星を緑の星にしようぜ」
 実は四人はもうすでに火星に植林し終えたのだ。その木々の世話は、四人の両親らがしている。
「そうだな。確かに今は悲惨な状態だ。でも、頑張ればここもいつか緑の星になるさ」
「そうね。頑張りましょう」
「はー、けど、俺が想像してたチキュウはもっと木がいっぱい生えてて面白いものがあるところだったんだけどな」
「残念だったわね。それよりマルト、いい加減、木登り好きを直したら?」
「なんだよ、別にいいじゃないか」
「でも、あたし達もう十八よ!? もう子供じゃないのよ」
「二人は相変わらず仲いいわね」
「ちょっとレーリ、何笑ってるの? あ、タトーまで!」
 明るい四人の喋り声。
 いつか四人はするだろう。地球を、あの日見たのと同じ緑でいっぱいに――。


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